建築現場から・Vol.16-

仕事へのプライドが決める『おさまり』の違い。
-アーキテクノ指導員テクニカルマイスター 野呂重芳

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野呂重芳指導員(親方)
青森県出身/大工職人だった兄の影響で小学生のころから大工になるものだと思っていたという。15歳で兄に弟子入り、以来職人歴41年。昭和59年に土屋ホーム入社、アーキテクノ転籍後は指導員に。

土屋ホームは基礎工事が完了した後、約1カ月にわたって大工職人が木工事を行い、次の工程へと引き継ぎます。木工事の最終日には、職人が仕上がりを点検しながら床や建具に傷が付かないように丁寧に清掃を行っていきます。

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こちら札幌市の北東部に位置する当別町の現場には、その最終日を迎えた野呂重芳指導員の姿がありました。「やはり最終日は一つの区切りですから、ホッとしますよ」と言う表情には安堵感が伺えます。ともに働く若い職人たちの表情が晴れやかなのも、一つの現場を担当したという達成感の表れなのでしょう。

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大工職人集団アーキテクノには、企業内職業訓練学校「土屋アーキテクチュアカレッジ」を卒業した大工の卵たちを一人前に育てる「指導員」と呼ばれるベテランのスタッフがいます。野呂指導員もその一人。

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(写真上)1階の建具を取り付けてこの現場は終了。工具を使って玄関収納を取り付ける。

一人前の大工は昔、「ここは譲れない」というプライドを持って仕事をしている―この姿勢を若者たちに教えてたいと言います。「これは自分でないとできないものだ」というこだわり。こうした強い気持ちを持っていれば、職人としての技量は自ずと身に着いていくとのこと。職人同士にしか分からない「おさまり(仕上がり)」も微妙に違ってくるのだそうです。

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現在、野呂指導員が直接指導している職人の卵たちはまだ20代前半、大工職人の道を歩み始めたばかり。言葉であれこれ指示するのではなく、実際の作業を通して微妙な感覚を身につけさせる段階です。「教えるのは面白いけど、大変だな」。それぞれの若者の性格を考えながら接するのが、楽しいところでもあり、難しいところでもあるでしょう。

竹谷巧技能士は「普段は優しいけれど厳しく指導してくれる」と、野呂指導員を父親のように感じているのかもしれません。また、小泉孝宏技能士は、「こだわりのある仕事をしろ」という指導員の言葉をしっかりと胸に刻んでいます。

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(写真上)黄色いヘルメットの野呂重芳指導員を前に、後列は左から竹谷巧、石井順也、上川聖也、小泉孝宏、長尾一樹。

こちらの現場はこの日で無事完了。でも「土屋ホームに入社してからは、一年一年があっという間だな」と、野呂指導員には休む間もなく次の現場が待っています。

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このページは、アーキテクノが2012年3月 1日 16:39に書いたブログ記事です。

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